ランドセルに関して以下のよな記事がありました。
...学習院では明治18年、馬車や人力車での通学を禁じた上で、軍隊が使っていた布製の背嚢(はいのう)に学用品を入れて通学するよう指導したという。オランダ語で背嚢を「ランセル」と呼ぶことから、ランドセルはこれがなまったものとされている。
鎖国していた江戸時代、外国人の往来や貿易は、中国・朝鮮を除けばオランダだけに制限されていたことから、明治時代はオランダ語がまだ、最もポピュラーな外国語だったという背景もある。
全文はMSN産経ニュースへ
しかし知るところでは明治期にある軍人がヨーロッパに視察に行った際、スイスに行き、そこで児童が軍隊で使う背囊に学用品を入れているのを見、感動してその背囊を譲り受け、日本に持ち帰りました。
帰国後、時の文部大臣に持参し、そこから日本の子供にも広まったとの説があります。
また言葉の由来についても、産経さんのページのオランダ語説に対抗する訳ではないですが、ドイツ語で背囊を”Ranzen”(ランツェン)といいます。その軍人が行ったスイスですとかなり訛ったドイツ語になり、カタカナで表記するとランドセルが近いように思います。
...学習院では明治18年、馬車や人力車での通学を禁じた上で、軍隊が使っていた布製の背嚢(はいのう)に学用品を入れて通学するよう指導したという。オランダ語で背嚢を「ランセル」と呼ぶことから、ランドセルはこれがなまったものとされている。
鎖国していた江戸時代、外国人の往来や貿易は、中国・朝鮮を除けばオランダだけに制限されていたことから、明治時代はオランダ語がまだ、最もポピュラーな外国語だったという背景もある。
全文はMSN産経ニュースへ
しかし知るところでは明治期にある軍人がヨーロッパに視察に行った際、スイスに行き、そこで児童が軍隊で使う背囊に学用品を入れているのを見、感動してその背囊を譲り受け、日本に持ち帰りました。
帰国後、時の文部大臣に持参し、そこから日本の子供にも広まったとの説があります。
また言葉の由来についても、産経さんのページのオランダ語説に対抗する訳ではないですが、ドイツ語で背囊を”Ranzen”(ランツェン)といいます。その軍人が行ったスイスですとかなり訛ったドイツ語になり、カタカナで表記するとランドセルが近いように思います。
新しい学習指導要領が告示された。
「「君が代」歌えるように 学習指導要領 道徳目標に愛国心」と取り上げた報道が目立ちますが。
文部科学省のホーメページの原文では
小学生用:
第3学年及び第4学年
・郷土の伝統と文化を大切にし,郷土を愛する心をもつ。
・我が国の伝統と文化に親しみ,国を愛する心をもつとともに,外国の人々や文化に関心をもつ。
第5学年及び第6学年
・郷土や我が国の伝統と文化を大切にし,先人の努力を知り,郷土や国を愛する心をもつ。
・外国の人々や文化を大切にする心をもち,日本人としての自覚をもって世界の人々と親善に努める。
・入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。
中学生用:
・日本人としての自覚をもって国を愛し,国家の発展に努めるとともに,優れた伝統の継承と新しい文化の創造に貢献する。
・世界の中の日本人としての自覚をもち,国際的視野に立って,世界の平和と人類の幸福に貢献する。
・入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。
が該当する部分に思います。
報道でのタイトルは余りにも端的で配慮がない表現になっていませんでしょうか?(刺激する事を意図としているのでしょうか?)
いずれにしても、「子供に教える」前に周りの大人(親や先生)がしっかりと態で表わさない限り、ただ現場(学校)でもめるだけでしょうね。
「「君が代」歌えるように 学習指導要領 道徳目標に愛国心」と取り上げた報道が目立ちますが。
文部科学省のホーメページの原文では
小学生用:
第3学年及び第4学年
・郷土の伝統と文化を大切にし,郷土を愛する心をもつ。
・我が国の伝統と文化に親しみ,国を愛する心をもつとともに,外国の人々や文化に関心をもつ。
第5学年及び第6学年
・郷土や我が国の伝統と文化を大切にし,先人の努力を知り,郷土や国を愛する心をもつ。
・外国の人々や文化を大切にする心をもち,日本人としての自覚をもって世界の人々と親善に努める。
・入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。
中学生用:
・日本人としての自覚をもって国を愛し,国家の発展に努めるとともに,優れた伝統の継承と新しい文化の創造に貢献する。
・世界の中の日本人としての自覚をもち,国際的視野に立って,世界の平和と人類の幸福に貢献する。
・入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。
が該当する部分に思います。
報道でのタイトルは余りにも端的で配慮がない表現になっていませんでしょうか?(刺激する事を意図としているのでしょうか?)
いずれにしても、「子供に教える」前に周りの大人(親や先生)がしっかりと態で表わさない限り、ただ現場(学校)でもめるだけでしょうね。
1857年、今から151年前
「学校は清廉潔白な議論の場であり、教育・感化の源泉である」
と橋本左内は意見書の中で記している。
(啓発録―付 書簡・意見書・漢詩 (講談社学術文庫)
橋本左内、意見書、安政4年5月15日)
学校でのお手本は大人である教師、となるのだが、どうであろう。
「先生」は... 儀表であるはず、感化する側。
しかし、反面教師に徹してしまっている現状を憂う。
「学校は清廉潔白な議論の場であり、教育・感化の源泉である」
と橋本左内は意見書の中で記している。
(啓発録―付 書簡・意見書・漢詩 (講談社学術文庫)
学校でのお手本は大人である教師、となるのだが、どうであろう。
「先生」は... 儀表であるはず、感化する側。
しかし、反面教師に徹してしまっている現状を憂う。
自由だ、権利だ、と自己の権利の主張に固執する。
平たく言えば「俺が、オレが!」では?!
これも戦後の個人主義(主観)を推奨する社会方針の産物?
今、厳格さは欠け、いい加減さが増幅し、置かれた立場への自覚と責任の無い状態に過ぎないように感じる。
今日、家庭でも学校でも教育の現場で個人が社会生活を送るに際して取るべき行動や立場についてもっとしっかりと教える必要があるのでは。
平たく言えば「俺が、オレが!」では?!
これも戦後の個人主義(主観)を推奨する社会方針の産物?
今、厳格さは欠け、いい加減さが増幅し、置かれた立場への自覚と責任の無い状態に過ぎないように感じる。
今日、家庭でも学校でも教育の現場で個人が社会生活を送るに際して取るべき行動や立場についてもっとしっかりと教える必要があるのでは。


